プロフィール
はらほろ
はらほろ
『歩歩起清風(ほほ、せいふうをおこす)』をモットーに、
デジカメ持ってアチコチうろついています。
アクセスカウンタ
カテゴリ
散歩 (175)
長散歩 (3)
鳥海山 (101)
お菓子 (52)
和菓子 (91)
洋菓子 (100)
お団子 (39)
お餅 (54)
氷菓子 (84)
お香 (30)
行事 (12)
遊佐町 (22)
地区 (31)
学校 (31)
行楽 (80)
イベント (107)
お祭り (28)
映画 (52)
温泉 (30)
お店 (216)
BBC (65)
丸幸屋 (5)
栄軒 (7)
風景 (103)
花景色 (151)
桜景色 (75)
昆虫図鑑 (14)
滝景色 (43)
紅葉景色 (21)
梅だより (35)
玉川寺 (30)
總光寺 (7)
道楽 (69)
畑づくり (123)
手作り (18)
てぬぐい (77)
水蓮鉢 (11)
方言 (10)
本棚 (38)
当たり! (61)
ムスメ (35)
セガレ (66)
チコ婆 (52)
過去記事
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 13人

2009年01月21日

孫兵衛隧道

遊佐町 平津地区と杉沢地区を結ぶ道路には、
かつて車一台すれ違えないほどの狭い隧道(トンネル)がありました。
1月10日の記事のリサナママさんのコメントで、
こちらの隧道について教えていただいた私は、久し振りに行ってみる事にしました。

これが孫兵衛隧道です。



リサナママさんは、“別名”と書いていましたが、正式名称だったんですね。



遊佐の図書館にあった『遊佐人名辞典』によると、遊佐町 杉沢出身の 社会事業家 今野孫兵衛という方が、
こちらの道路の整備に取り組み、戦争末期の昭和18年から戦争直後の昭和21年に道路の計画整備を行い、
さらに洪水などの災害に備えて隧道開発も計画し昭和24年4月着工、同年10月31日に開通とありましたicon12



内壁のゴツゴツがこの工事のご苦労を物語るようですicon10





戦中・戦後の物資の乏しい時代に、
地域の振興を願い困難な工事を成し遂げた公益の人、今野孫兵衛 氏
この町に生まれ暮らす者として、先人の御遺徳をしのび、
暖かくなったら、ウチの子供たちをここへ連れて来て
その事績を話してあげようと思いました。





タグ :遊佐町

同じカテゴリー(石碑・遺跡 )の記事画像
道の駅 発祥の地
杉沢土偶里帰り♪
さよなら池袋
イザベラ・バード記念碑
永泉寺と石造九重層塔
お江戸日本橋♪
同じカテゴリー(石碑・遺跡 )の記事
 道の駅 発祥の地 (2016-12-27 07:27)
 杉沢土偶里帰り♪ (2016-12-21 10:17)
 さよなら池袋 (2016-09-19 12:10)
 イザベラ・バード記念碑 (2016-09-05 07:05)
 永泉寺と石造九重層塔 (2016-06-17 07:17)
 お江戸日本橋♪ (2016-03-22 07:22)

この記事へのコメント
孫兵衛さんの苦労が、はらほろさんの記事、画像から伺えますね。
そういった、いろんな努力のおかげで便利な今があると思います。
感謝です。
Posted by ネバー at 2009年01月21日 08:04
昔は、たいした機械もなかったでしょうに・・・
手掘りでしょうか?
Posted by きおす at 2009年01月21日 08:13
苦労して掘ったんですね
こども達に昔の人の苦労した話をしてあげるのはこども達にとっても良い事ですよね。
いいお父さんですね♪ chiyo
Posted by 一期一会 at 2009年01月21日 13:03
わざわざ、資料を調べて記事して下さりまして恐縮です!
m(_ _)m

行政で着工したトンネルだったら、もっと立派だ思うのですが…。

社会事業家と言うより
農家のお爺ちゃんで
不便な山村民の為に先頭に立って
家族もみんな本当!苦労して着工したそうです。

孫兵衛爺ちゃんのお葬式の時には、孫兵衛隧道の脇をゆっくり通って火葬場へ向かいました…。

今は、役目を終えて
隧道を知らない若い人達には、不気味なトンネルと思われているようですが…。
はらほろさんに取り上げて頂いて
感謝感激です(TоT)
どうもありがとうm(_ _)m
Posted by リサナママ at 2009年01月21日 13:13
薄気味が悪い…と言っちゃそれまでなんでしょうが、
「ここにトンネル掘ったら人の行き来が楽になるんでないが」
って想いで掘られていったのでしょうかね

開通した日には、どれだけの人が喜んだ事やら
そしてどれだけ当時便利になった事やら

それを考えると、ただのトンネルにしておくのは勿体無いですね
Posted by ガジラ at 2009年01月21日 15:13
神秘的なトンネルですね(^-^)

長い年月を感じさせられます。
掘るの大変だったんだろうなぁ(・o・)
Posted by 鶴ニイさん鶴ニイさん at 2009年01月21日 19:11
このトンネルにそんな秘話があったとは・・・。
手堀りで随分苦労して掘ったんでしょうね。
今もちゃんと残っているのは素晴らしいですね!
歴史を知る上でもずっと残して欲しいトンネルですね。
Posted by なっちゃんなっちゃん at 2009年01月21日 22:52
ネバー さん
コメントありがとうございます。
荒々しい内壁の様子から、当時の工事の苦労がうかがえました。
こういうモノを見ていると、今の便利な世の中が
決して“当たり前”に存在しているのではない事が
よく分かります。
今回の記事は、自分にとっても大変勉強になりました。

きおす さん
コメントありがとうございます。
着工から開通まで、ほぼ6ヵ月なので
なんらかの機械を使ったと推察します。
しかしながら、終戦直後の物資の不足した時代に
遊佐町のような片田舎での工事は、
私など及びもつかない苦労があったのだと思いました。

一期一会のchiyo さん
コメントありがとうございます。
春になったら『孫兵衛隧道』へ連れて行き、
教科書に書いているのだけが歴史ではなくて
私たちの日々の暮らしの積み重ねこそが
歴史になるのだと教えてあげようと考えています。
そういった意味では、『孫兵衛隧道』は活きた教科書だと思います。
Posted by はらほろはらほろ at 2009年01月21日 23:16
リサナママ さん
コメントありがとうございます。
こちらこそ、良い事を教えていただきありがとうございました。
リサナママ さんのおっしゃる通り
なにも知らない子供は、まさに“不気味なトンネル”という印象でした(>_<)

今回いろいろ調べて見て、今野孫兵衛 さんの
郷土の発展を思う“ひたむきさ”に心を打たれ
この町に生まれ育った事への、幸せと感謝の念を新たにしました。

リサナママ さんのおっしゃる
>農家のお爺ちゃん、は
『遊佐人名辞典』には、“社会事業家、酪農家、殖産興業家”として
詳しく事績が「紹介されています。
『遊佐人名辞典』は、遊佐町立図書館の郷土史にありますので
エルパへの買い物のついでに、一度ご覧になってはいかがでしょうか(^O^)/
Posted by はらほろはらほろ at 2009年01月21日 23:25
ガジラ さん
コメントありがとうございます。
このトンネルの事は、子供の頃から知っていて
私の家から徒歩圏内という事もあり、
いつか記事にするつもりでいました。
今回リサナママ さんから教えていただかなければ
“薄気味が悪い”的な、興味本位な記事を書いていたと思います。
ブログのおかげで、身近な話題について
より深く学ぶ良いきっかけになりました(^^)

鶴ニイさん さん
コメントありがとうございます。
飾り気のないトンネルに、装飾よりもより早く使用したかったであろう逼迫した雰囲気が感じられ
地域の生活にいかに必要とされていたかが伺えます。
掘削の苦労は、我々の想像をはるかに超えているでしょうね(@_@;)

なっちゃん さん
コメントありがとうございます。
このトンネルは、地元の子供たちにとっても
“活きた教科書”になると思います。
このまま放置するのではなくて、
何らかの形で残して貰いたいと、
私も切に願います(^^)
Posted by はらほろはらほろ at 2009年01月21日 23:52
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。