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2010年05月23日

顕彰碑

遊佐町 升川地区 三上神社境内に建つ 大きな二つの顕彰碑。
いずれも升川地区出身の偉人の功績を讃えて立てられたもので
向って左側が佐藤藤佐(さとう とうすけ)顕彰碑
右側が佐藤 政養(さとう せいよう)顕彰碑です。




図書館にあった遊佐人名事典(監修 菅原傳作)の佐藤藤佐の項を要約すると
安永4年(1755)に当地升川に生まれた藤佐は、19歳で大志を抱いて江戸に上ったあと
理財の才と弁舌に長じて公事師(今で言う弁護士のようなものでしょうか)として
広く名門諸家の経済指導にあたった人物で、
天保11年に庄内藩主 酒井忠器(ただかた)が越後長岡に転封(てんぽう)を命じられた(天保の三方領知替え)ときは
地元庄内の反対運動に呼応、扇動者として幕府に拘引されるも
訟廷において転封の不当を主張し、翌年の移封取りやめに導いた人物とされています。
(嘉永元年(1848)に74歳で亡くなっています。)

ちなみに長男の佐藤泰然は高名な蘭方医で、のちの順天堂大学の基礎を作った人物です。

“鉄道の父”佐藤 政養は、我々町民にとっては吹浦駅前の銅像としても親しまれている人物で
今年の大河ドラマ「龍馬伝」では勝塾 塾頭 佐藤与之助として登場していますね。

碑の裏面には、お二人の事績を伝える碑文が刻まれていました。



日本史に名をとどめる、二人の偉人に想いを馳せながら写真と撮っていた私・・・
通りかかった地区のお婆さんから、「取材ですか!」と声をかけられましたicon10
しどろもどろで、地元の偉人について興味があって写真を撮っていた旨を話すと
二人の生家には今も子孫の方が住んでおられて、
その敷地内に地区で石碑が建てられてある事
を教えていただきました。

『藤佐さん 政養さん』と、
まるで旧知の間柄のように“さん”付けでお二人について話してくれたお婆さん。
(お婆さんは政養を“セイヨウさん”と呼んでいました)
生家の場所まで事細かに教えていただきました。

佐藤藤佐の生家では、お庭の手入れをしていたお家の方に快諾いただき写真を撮ってきました。
(佐藤 政養の生家にも伺いましたが、
 お庭の敷地内で周囲に人もおられなかったので写真は遠慮しました。)




わが故郷の生んだ二人の偉人の事績と、それらを後世に伝えようとする
地区の人たちの熱い想いに、深く感じ入りながら石碑を眺めてきましたicon12
天保の三方領知替騒動を材をとった、藤沢周平原作の時代小説義民が駆ける
佐藤藤佐も登場すると知り、地元の本屋さんで早速買ってきました。



升川の生家の事、顕彰碑の事を思いながら
これからじっくり読んでみたいと思います。

タグ :遊佐町

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この記事へのコメント
佐藤藤佐という名前に凄く惹かれました(*^。^*)
右から読んでも、左から読んでも(*^。^*)
Posted by 鶴ニイさん at 2010年05月23日 21:47
鶴ニイさん さん
コメントありがとうございます。
>右から読んでも・・・
それは多分、藤佐本人も意識してしたでしょうね(;^_^A
Posted by はらほろはらほろ at 2010年05月23日 22:10
私もぜひ一度庄内を訪問し、佐藤政養の事跡を辿ってみたいのですが、遠方ゆえ(岐阜県高山市)かないません。
今年の「政養祭」は盛り上がりそうですね。報告を楽しみにしています。
Posted by 虎児 at 2010年05月24日 07:50
虎児 さん
コメントありがとうございます。
地区のお婆さんと話した後に、
アスファルトで舗装こそされていますが
多分、江戸期とさほど変わらないであろう升川地区の狭く曲がりくねった道路を歩くと
今にも与之助が小路から顔を出しそうな気がしました。
地元出身の偉人を身近に感じるためにも
今年の「政養祭」は、ぜひ参加して
記事にしたいと思います。
Posted by はらほろはらほろ at 2010年05月24日 22:16
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