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『歩歩起清風(ほほ、せいふうをおこす)』をモットーに、
デジカメ持ってアチコチうろついています。
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2016年12月27日

道の駅 発祥の地

セガレの部屋探しの帰りに立ち寄った、道の駅豊栄
こちらは道の駅 発祥の地なのだそうです。





売店やフードコートも充実している道の駅豊栄ですが、ユニークな施設は
建物の裏手にある、『とよさかダチョウファーム』



この日はあいにくの悪天候でしたがicon03
愛らしいダチョウさんの表情に、タップリと癒されてきました







『ダチョウのえさ』も、売っていましたよface10



春からは新潟に暮らすセガレのトコロに行くたびに、道の駅豊栄さんへはお世話になりそうですheart




  
タグ :新潟

Posted by はらほろ at 07:27Comments(0)石碑・遺跡

2016年12月21日

杉沢土偶里帰り♪

 遊佐町内の杉沢地区から出土した、現在は奈良国立博物館に収蔵されている土偶が60数年ぶりに里帰りし
遊佐町防災センター2階ロビーで展示されていると聞き、こないだの勤務休みに観に行ってきました。



1952年、住宅建築の地ならし中に、人間が埋葬されたかのように置かれた状態で地中から発見された土偶は
右の頭髪部などを若干欠損するほかは、ほぼ完形という貴重な歴史的遺物。
ガラスのケースに収められた土偶は、あらゆる角度からつぶさに観察することができます。







周囲には出土の状況やx線写真など、貴重な資料も満載。







お天気の日にはセンターの窓から鳥海山も望めるバツグンの場所にいる杉沢土偶。



奈良に戻る三月まで、ぜひ一度観にいらしてみてください。
  
タグ :遊佐町

Posted by はらほろ at 10:17Comments(4)石碑・遺跡

2016年09月19日

さよなら池袋

これからユルユル帰ります。


  
Posted by はらほろ at 12:10Comments(4)石碑・遺跡

2016年09月05日

イザベラ・バード記念碑

金山大堰脇の公園に建っている、イザベラ・バード記念碑



明治11年(1878) 7月、当地を訪れた英国の作家イザベラ・バード女史の来訪100年を記念し建てられたとの事。



紀行文では、金山を『ロマンチックな雰囲気の場所』と表現しているイザベラ・バード女史・・・



100年前の女史の心持ちに思いをはせつつ、このあと町を少し散策してきました。


  
タグ :金山町

Posted by はらほろ at 07:05Comments(6)石碑・遺跡

2016年06月17日

永泉寺と石造九重層塔

落伏地区の梅花藻をみたあとに、地区内の古刹 永泉寺(ようせんじ)を散策。



杉並木が影を作る、苔むした参道を上れば・・・



迫力の仁王像と極彩色の天井絵が印象的な山門へ。











山門を抜けると前庭と本堂、狐の像が印象的です





山形県指定文化財の石造九重層塔は、本堂へ抜けて裏山へ。
木立ちの陰影の中、石仏を横目に急な道を上れば・・・





慶長16年(1611年)建立の、東禅寺3万石の城主・志村伊豆守光安公の供養塔
石造九重層塔が切りたった崖に建っているのがのぞめました。






何十年と暮らしている町内にも、まだまだ知らない場所があるんだなぁicon10と実感してきましたheart




  
タグ :遊佐町

Posted by はらほろ at 07:17Comments(3)石碑・遺跡

2016年03月22日

お江戸日本橋♪

今回の東京行きで、積年の念願だった東京都中央区日本橋へ行ってきましたf01



慶長8年に徳川家康により掛けられた初代日本橋から数えて19代目の日本橋は
1911年(明治44年)4月3日開橋の花崗岩製の橋。
橋名盤の文字は、15代将軍徳川 慶喜 の晩年の筆と伝わります
icon12



映画やドラマの舞台でもお馴染みの日本橋・・・
ALWAYS続・三丁目の夕日



麒麟の翼!!







日本橋親柱の獅子と旧東京市章も見逃せません!!!



路上芸術観察者として!?何より楽しみにしていたのは、東京市道路元標kya-



ホンモノは車道の真ん中で観に行けないんですがicon11



歩道脇でレプリカを鑑賞することができましたheart







日本橋魚河岸記念碑に三越本店に、歴史好きにはタマらない‶物件”が目白押しの日本橋界隈・・・








駆け足で巡ったのは、ホンット心残りですicon11



フォトラバ [下を向いて歩こう] 、[※マイ.橋あります!※ ]に参加しています


  

2016年03月02日

岩上文殊菩薩

大安吉日の昨日、週末に試験を控えたムスメの合格を祈願しに
遊佐町 平津地区にある「岩上文殊菩薩」へ詣でてきました。



高さ10mほどの大岩の上に鎮座する地蔵菩薩。



いつものように鎖をたよりに頂(いただき)を目指します。



岩の上で微笑む文殊様に、ムスメの心願成就をお祈りすることができましたicon12



いつもの事ながら、オヤとしてはもはやお祈りする位しかできませんがicon10
本人の頑張りと文殊様の功徳を信じて、吉報を待ちたいと思いますicon12

  
タグ :遊佐町

Posted by はらほろ at 07:02Comments(2)石碑・遺跡

2015年08月31日

大地のモニュメント♪

遊佐町内の町営体育館前の緑地に建つ、石彫モニュメント『大地』



町内出身の世界的な石彫作家である 富樫一さん(1930~1982)が、町民体育館竣工を記念して残したモニュメントです。



大地より屹立し、地上のあまたを包み込むような造形は繊細にして雄大。



9月5日(土)・6日(日)の2日間、こちらの町民体育館前広場を主会場に行われる
第23回奥の細道鳥海ツーデーマーチの際にも
全国からあつまる大勢のウォーカーの皆さんを、温かく迎えてくれることと思います。


  
タグ :遊佐町

Posted by はらほろ at 10:09Comments(0)石碑・遺跡

2014年10月16日

森敦の石碑

こないだの日曜日、ハタケの収穫を終えた夕方に家族を連れて鳥海ブルーラインf01
大平山荘周辺の紅葉を楽しんでいたら、森敦の石碑 が目に留まりました



碑文は「鳥海山はわが観想の幻の山なりき」



鳥海山を愛し、町内吹浦地区に滞在して小説「鳥海山」を世に問うた森敦氏の業績を顕彰して建立した石碑だそうですheart



日本海を眼下に一望し、鳥海山の山頂を仰ぐ・・・この地に相応しい石碑だと思いました☆



あっ、大平山荘の鹿さんは、この日も元気でしたよheart






  

Posted by はらほろ at 10:09Comments(0)石碑・遺跡

2014年07月04日

休み石

『なつかしシネマ展』を観に行った時、酒田市立資料館の敷地内で見つけた“休み石”



酒田市 浜田の富商 秋野平次郎が明治期に私財を投げ打って庄内全域の主要道路に設置したものだそうです。



荷物を背負ったまま一休みできる絶妙な高さの石に、秋野さんの気配りと心意気が伺えます。



酒田市に今に続く公益(こうえき)の精神の原点を、こちらの休み石に垣間見たような気がしましたicon12


  
タグ :酒田

Posted by はらほろ at 10:32Comments(2)石碑・遺跡

2014年06月04日

鳥海昭子歌碑

町の広報誌に、鳥海昭子歌碑建立の記事を見つけて、夜勤明けの昨日の午後に行ってみましたf01



鳥海昭子さんは、NHKの『ラジオ深夜便』の「誕生日の花と短歌 三六五日」で著名な遊佐町出身の歌人。
歌碑には2月7日の花、タンポポにちなんだ
「季(とき)外(そ)れて 咲くタンポポの 小ささよ それでいいのよ それでいいの よ」
という短歌が刻まれています。



歌碑が設置されている鳥海昭子さんの生家は、大物忌神社蕨岡口の宿坊、山本坊
背後の斜面を借景にした庭園の緑が目に鮮やかですicon12



庭園の所々に以前に遊佐内の公民館で行われた、『歌人・鳥海昭子の生き方と遺作展』の展示物を楽しむことが出来ました



深緑の庭園を散策しつつたどる歌人の足跡・・・



人に自然に、我が町の懐の深さを改めて感じつつ帰宅しましたheart  
タグ :遊佐町

Posted by はらほろ at 07:04Comments(2)石碑・遺跡

2014年02月27日

岩上文殊ふたたび

思い立って、遊佐町 平津地区にある「岩上文殊菩薩」へ行ってきました。



お願いは、もちろんセガレの合格祈願
ムスメの時以来の、久しぶりの参拝です。



高さ10mほどの岩の上に鎮座している文殊様に向かって、鎖をつかってよじ登って・・・



岩の上で柔和に微笑む文殊様に、ぶじセガレの学業成就をお祈りすることが出来ましたicon12



ちなみに岩の上からみる“下界”の景色はこんな感じ(汗)



帰り道は特に、す〇ったり、ころ〇んだりしないよう気を付けないとicon10



受験本番まであと少し。
オヤとして出来るのはお祈りぐらいしかありませんが、本人の頑張りと文殊様の功徳で
ぜひ心願成就を果たしてもらいたいです
heart  
タグ :遊佐町

Posted by はらほろ at 11:10Comments(2)石碑・遺跡

2013年12月30日

縄文の女神っ!

こないだの職場の忘年パーティーの帰り道
酒田駅の構内巨大な縄文の女神像が展示されているのを見つけました



ホンモノの縄文の女神像は、『高さ45cm、重さ3.155キログラム』(山形県のホームページより)だそうですが
こちらの女神像は、どうみても私の身の丈を超える巨神像ですicon12

宴会の帰り道でかなり酔っ払っていたのでicon10「もしかしてマボロシを見たのでは・・・」とも思っていたのですが
翌朝デヂカメの写真を整理していたら、しっかり写真にも写していて・・・camera

次回はぜひ、シラフでじっくり観察してみたいものですheart  
タグ :酒田

Posted by はらほろ at 07:30Comments(6)石碑・遺跡

2013年12月17日

遊佐町のモニュメント♪

老朽化に伴い撤去icon10されていた遊佐町のモニュメント
12月に入って2代目になってお目見えしました♪



日本海から屹立する、雪を頂いた鳥海山のイメージでしょうか
中央には遊佐町イメージキャラクター「米(べぇ)~ちゃん」微笑んでいます☆



町のシンボルとして、末永く町内への道案内役を務めて欲しいものですheart



暗くなると、ライトアップもしていましたよicon12

  

Posted by はらほろ at 10:03Comments(5)石碑・遺跡

2013年10月13日

最上川一夜観音

国道47号線戸沢村の白糸の滝ドライブインを通るたびに気になっていた、隣にある史蹟 最上川一夜観音の看板・・・
先日の最上三十三観音霊場巡りの帰り道に、ちょっと寄り道してみました。



現地にあった案内板によると、こちらはかつてこの地に立っていた観音様をモチーフにした同名の小説にちなんだ史蹟とのことで
モデルとなった観音像は後年の洪水により流されてしまったものの、小説発表後に模作されたものが山形市で発見され
同地に寄進されて現在に至っている
そうです。



こちらが現在鎮座している観音像。



恥ずかしながら「最上川一夜観音」という小説の事は知りませんでしたが
三十三観音巡礼途中と私としては、なにやら縁(えにし)を感じるものがあり
静かに合掌して家路につきました。



  
Posted by はらほろ at 10:05Comments(0)石碑・遺跡

2013年09月04日

波乗り発祥の浜♪

湯野浜の道路沿いで、前から気になっていたコチラ・・・



車を停めて見にいってみたら、“波乗り発祥の浜”のモニュメントでした



1821年の瀬のし(今でいうボディーボーディング)の記録から、1965年秋の日本海で最初のサーフィンまで・・・
湯野浜の若者たちが波乗りに親しんできた軌跡が、石碑に刻まれていました



赤フンドシ姿“元祖サーファー”の凛々しい顔立ちもステキですよねicon12  
タグ :鶴岡

Posted by はらほろ at 10:20Comments(4)石碑・遺跡

2012年12月13日

月光仮面

先月コンサートを観に行った三沢市公会堂の入り口に建っていた
「月光仮面」の石碑です。



こちらの石碑は、月光仮面の作者である川内康範さんが
三沢市在住20年を記念して、2001年11月に市に寄贈したものだそうです。



月光仮面の名前は、薬師如来の脇侍である月光(がっこう)菩薩に由来しているとの事。
遊佐町を流れる月光川と、同じ名前の由来を持つヒーローだったんですね



説明の書いてあるパネル下側のボタンを押すと流れてきた月光仮面の主題歌が、
夕暮れ迫った三沢市の街並みにマッチして、とても印象的でした







  

Posted by はらほろ at 07:44Comments(4)石碑・遺跡

2011年09月17日

さざれ石

遊佐町 上蕨岡地区の大物忌神社蕨岡口之宮境内にあるさざれ石です。



国歌にも詠まれているさざれ石は、
小さな石の欠片の集まりが炭酸カルシウム(CaCO3)などにより埋められ、1つの大きな石の塊に変化したもの
(ウィキペディアより)
を言うのだそうで、こちらのさざれ石は天保の三方領知替え事件のおり、
領知替えの阻止に尽力しのちに策謀により桑名藩へ幽閉され同地で死去した
矢部駿河守定謙公の取り持つ縁で、三重県桑名市から奉納されたものだそうです。
(蕨岡口之宮の境内には、矢部駿河守定謙公を祭神とした荘照居成神社もあります。)



歴史が取り持つ不思議な縁で我が町にやって来たさざれ石・・・



町のお宝として、末長く大事にしていきたいものですicon12  
タグ :遊佐町

Posted by はらほろ at 10:48Comments(10)石碑・遺跡

2011年06月03日

藤島ハチ公広場

テンテン藤島店さんで目いっぱいの焼きそばを食べたあと、
お店の敷地の脇にハチ公広場なるものがあるのに気付きました。



“ハチ公の銅像”!?の前に展示された碑文によると、
渋谷のハチ公の美談を全国紙に投稿して世に知らしめたのが
鶴岡出身の芸術家斎藤弘吉さんであるのだそうで
そのご縁でしょうかハチ公像の試作品の石膏像を鶴岡市が所有しており、
その石膏像を元にしたブロンズ像をこちらに展示しているとの事
でした



恥かしながら渋谷のハチ公像は見た事のない私ですが、
思いも掛けず、藤島でハチ公像をじっくりと拝見する事ができました





後ろ姿もチョ~可愛いハチ公像でしたicon12

  
Posted by はらほろ at 07:33Comments(4)石碑・遺跡

2010年05月23日

顕彰碑

遊佐町 升川地区 三上神社境内に建つ 大きな二つの顕彰碑。
いずれも升川地区出身の偉人の功績を讃えて立てられたもので
向って左側が佐藤藤佐(さとう とうすけ)顕彰碑
右側が佐藤 政養(さとう せいよう)顕彰碑です。




図書館にあった遊佐人名事典(監修 菅原傳作)の佐藤藤佐の項を要約すると
安永4年(1755)に当地升川に生まれた藤佐は、19歳で大志を抱いて江戸に上ったあと
理財の才と弁舌に長じて公事師(今で言う弁護士のようなものでしょうか)として
広く名門諸家の経済指導にあたった人物で、
天保11年に庄内藩主 酒井忠器(ただかた)が越後長岡に転封(てんぽう)を命じられた(天保の三方領知替え)ときは
地元庄内の反対運動に呼応、扇動者として幕府に拘引されるも
訟廷において転封の不当を主張し、翌年の移封取りやめに導いた人物とされています。
(嘉永元年(1848)に74歳で亡くなっています。)

ちなみに長男の佐藤泰然は高名な蘭方医で、のちの順天堂大学の基礎を作った人物です。

“鉄道の父”佐藤 政養は、我々町民にとっては吹浦駅前の銅像としても親しまれている人物で
今年の大河ドラマ「龍馬伝」では勝塾 塾頭 佐藤与之助として登場していますね。

碑の裏面には、お二人の事績を伝える碑文が刻まれていました。



日本史に名をとどめる、二人の偉人に想いを馳せながら写真と撮っていた私・・・
通りかかった地区のお婆さんから、「取材ですか!」と声をかけられましたicon10
しどろもどろで、地元の偉人について興味があって写真を撮っていた旨を話すと
二人の生家には今も子孫の方が住んでおられて、
その敷地内に地区で石碑が建てられてある事
を教えていただきました。

『藤佐さん 政養さん』と、
まるで旧知の間柄のように“さん”付けでお二人について話してくれたお婆さん。
(お婆さんは政養を“セイヨウさん”と呼んでいました)
生家の場所まで事細かに教えていただきました。

佐藤藤佐の生家では、お庭の手入れをしていたお家の方に快諾いただき写真を撮ってきました。
(佐藤 政養の生家にも伺いましたが、
 お庭の敷地内で周囲に人もおられなかったので写真は遠慮しました。)




わが故郷の生んだ二人の偉人の事績と、それらを後世に伝えようとする
地区の人たちの熱い想いに、深く感じ入りながら石碑を眺めてきましたicon12  続きを読む
タグ :遊佐町

Posted by はらほろ at 06:55Comments(4)石碑・遺跡